各政党に「公文書の西暦表記化についての質問状」を送付しました。

2023年11月20日月曜日

運動 国会へ

 11月20日に国会に議席を持つ各政党に「公文書の西暦表記化についての質問状」を送りました。

 私たちは元号問題をめぐる様々な経過を検討してきましたが、結局日本では、国家、社会における「年表記の方式」についての議論がきちんとなされてこなかったのではないか、日常生活の問題から制度のあり方を変えていくという形で、噛み合う議論がされてこなかったのではないか、ということを見いださざるを得ませんでした。

 そのため、国会でも、日本社会の「年表記の方式」について真剣な話し合いをしてもらう為に、議席を持つ10政党に質問状を送ることにしたのです。

 送ったのは以下の10政党です。公明党、国民民主党、参政党、社会民主党、自由民主党、日本維新の会、日本共産党、みんなでつくる党、立憲民主党、れいわ新選組(総務省:政党・政治資金団体一覧 2023/11/13現在、による)

 12月6日までの回答を求め、回答についてはこのブログで紹介します。
 各政党から真摯な回答が寄せられることを期待します。

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追記:12/6締め切りまでに回答をいただけなかった政党には12/11日以降連絡し、12/28までの回答を再度お願いしました。

政党の本部宛に出しましたが、うまく担当部局に伝わらず、再送を求められた政党もありました。

12/28以降、すべての政党の回答、非回答をまとめて掲載することにします。

回答と対応結果はここをクリック

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2023年11月20日

○○○○党 御中

「西暦表記を求める会」
共同代表 稲正樹、澤藤統一郎、田中宏


公文書の西暦表記化についての質問状


 初めまして、私たちは2019年「令和改元」時に結成された市民団体です。

 「すべての公文書に西暦表記を!」というスローガンのもと、公文書における「年表記」を西暦化することを目指して運動しています。このほど作成しました名刺版の「元号強制にred card」をご参考までに同封します。 

※「西暦表記を求める会」で当会ブログをご検索ください。


 私たちは、戦後78年間の元号に関連する国会議事録、新聞記事、様々な論考等を検討してきました。その結論として、「年表記」については、合理性から西暦による表記を求める声と元号は伝統だから残すべきだという声と、全くすれ違う意見表明が延々と繰り返されているだけで、日本社会においての「年表記」はどうあるべきなのか、「年表記」方式をどのように統一すべきなのか、という観点からのきちんとした議論がなされてこなかった、という理解に至りました。

 私たちは、立法府においても、日本社会の「年表記」方式についてどうすべきなのか、正面から議論を開始する必要があると考えます。


 そこで、以下2点について貴党の見解を伺います。

 添付資料もご検討の上、12月6日迄に、別添回答用紙に記載の「回答フォーム」で送信、または「回答用紙」のメール添付、もしくは郵送にて、ご回答をよろしくお願いいたします。

 なお、回答は当会ブログで紹介する予定です。


1) 政府は、2019年に省庁データの西暦化を決定済ですが、国民が実際に目にする入出力場面においては、これまでどおり元号表示になるように変換する方針だと伝えられています(資料2)。

このことについて、貴党の賛否とその理由をご回答ください。


2)日本社会における「年表記」方式には統一性と普遍性が必須であると考えます。

それを満たすために、私たちは 「公文書の西暦表記化」が唯一の方法だと考えます。

「公文書の西暦表記化」(資料3,4)について、貴党の可否判断とその理由をご回答ください。


添付資料

資料1,私たちの問題意識

資料2,省庁データ西暦化について

資料3,「公文書の西暦表記化」のイメージ

資料4,公文書が西暦表記化されるとこうなる

資料1~4のpdfはこちらをクリック


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資料1,私たちの問題意識

 議論の前提となるのは、公文書を元号のみで表記する限り、不定期に1年の途中でも突然「年表記」がリセットされてしまうこと、また、将来の年の「年表記」ができないこと(有効期限の終期の表記は元号未定なので表記不能)、これらを受忍しなければならないのであり、それを私たちは受け入れるのかどうか、それがこの問題の焦点だということです。 


 元号は、西暦・仏暦・イスラム暦のような、歴史上のある起点から年を数える方法とは全く異なる、世界で唯一の「年表記」方法です。日本でかつて使われた「紀元〇〇年」は、ある起点から年を数える方法で、元号とは似て非なるものです。


 政府は1979年の元号法案審議の時以来、一貫して「国民は自由に元号/西暦を使い分けることができ、窓口では西暦で書かれたものも受け付ける」、と説明してきました。しかし、電子申請(例えば、日本年金機構など)における年の入力についてはプルダウンメニューには元号しか表示されず、政府の説明に反して元号使用の強制になっています。


 日本社会の外国籍住民は、すでに300万人を超えており、今後も増加することは明らかです。例えば、その生年月日を「早見表」を使って元号に変換して記入してもらうのでしょうか。


 2019年に政府は、省庁データでの日付については西暦でYYYY-MM-DDの形式にすることを決定済です。しかも、国民が目にする時には元号に変換する方針だと報道されました(資料2)。


 データの西暦化を決定しながら、なぜわざわざ元号に変換しなくてはならないのか、このことは重要な論点のはずですが、国会での議論は行われませんでした。


 一方、1989年、2019年と改元ごとに民間では西暦使用が拡大し、現在では一つの社会でありながら民間の西暦、公的機関の元号、という分断状況にあります。「元号使用は慣行である」としか説明できない政府自身が、「元号の使用の基準は特に設けておりません」と言うのですから、「年表記」は西暦と元号が入り乱れた無秩序状態と言わざるをえません。しかし政府はこの状態を「国民は元号と西暦を自由に使い分け」ていると強弁し、この混乱を改善する意思を示しません。


 このような状態が、どれだけ社会的なコストとストレスを日々生みだしているかは、私たちが経験的に思い知らされているところです。それを解消するのは政治の義務です。


 「元号は日本のアイデンティティだ」という意見も含めて、お互いに足を地に付けて議論し合い、日本社会における「年表記」方式のあり方について、私たち自身が具体的な姿を決めていかなくてはなりません。



参考:2019年4月3日菅義偉官房長官記者会見から
  (内容は1979年元号法案審議における三原朝雄総理府総務長官発言を反復したものです。)

「元号の使用については政府として強制するものではなく、公文書についても使用の基準は特に設けておりません。」「元号の使用については、国民は元号西暦を自由に使い分けていただいてもよいということ また公的機関の事務については従来から原則として元号を使用してきたところでありこの慣行は今後も当然続けられていくべきものと考えていること。公的機関の窓口業務での国民の元号使用はあくまで協力要請であり西暦で記入したものも受け付けられること。」