戦後の元号制度議論をふりかえる

2024年8月14日水曜日

諸意見 政府の対応

 

資料ページには以下の様に元号制度について過去にどのような議論が行われてきたかを、「戦後の元号制度議論をふりかえ」としておいてあります。
これらの議論は、なぜ、元号/西暦問題、日本社会における紀年法が定まらないのか、を考えるに当たって、必読と言えます。

1950年2月 参議院文部委員会で元号廃止法案調査

 1950年2月、参議院の文部委員会では元号を廃止する法案の準備が進められていました。
 当時の新聞記事を紹介します。
  結局この動きは立ち消えになってしまうのですが、現在も約70年前と同じ問題が解決できていないことに、唖然とします。
  なお、当時は1945年の敗戦からまだ5年、戦争の記憶は生々しく、農地解放(1946年法成立)、女性参政権獲得(1946年初投票)、新憲法施行(1947年)など占領下で次々と制度改革が行われていた時期でした。1950年6月には朝鮮戦争が勃発します。
 (詳しくはここをクリック

1979年 元号法制定時の議論から

 1950年の議論が全く無かったかのように、しばらく元号に関する議論は大きくは行われてこなかったようです。
 しかし、法的根拠がないまま「慣習」として継続してきた「昭和」が「明治」と同じ45年を迎え、当時の天皇の高齢化という事実の前に、元号への法的根拠付がなければ元号は自然消滅してしまう=それは自らのアイデンティティの毀損である、という危機感を持った政治グループが存在し、1970年頃から元号の法制化を具体的に求めるようになります。
 元号法をめぐって最も活発に議論が行われた時期かもしれませんが、元号をめぐる議論は現在に至るまで、基本的に同じパターンの繰り返しになっているように見えます。
 国会での議論を紹介します。
 (詳しくはここをクリック)